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そのままの自分でいいの本当の意味

正直、そのままの自分でいい、って言葉は好きだけど、

思いっきり腹に落ちてて、体現してるか?と言われると、まだだと思ってます。

(前記事にもある通り)

 

それは私の小さい頃からのこびりついて思考癖の1つ。

いつもいつも

「もっとちゃんとしなさい!」

「もっと偏差値高いとこ行かないと他のみんなと同じになっちゃうよ」

「そんな平凡でいいの?」

「そんな意味のないことしてないで、意味のあることだけをしなさい」

こんな親からの言葉を真に受けた子供の頃の私。

いつもいい子ちゃんでいないといけなくて、成績上位もキープして当たり前。

そうじゃないとダメ。

そうじゃないと愛してもらえない。

 

子供の頃からいつも急かされて、焦っていて、

自分の楽しみは無駄なことだから、そこは追求しちゃいけないんだ、と勘違いをした。

 

ギターやりたいな、ブラスバンドに入ってみたい

映画作ってみたい、小説書いてみたい

そんな私のやりたいことは、「悪」として全部心の奥にしまって、

いつも「やらなければならないこと」だけやっていた。

 

今では、親は私への愛ゆえに、少しおかしな教育になってしまったんだな、

って冷静に思えるし、成績悪かろうが良かろうが愛されていたんだってことも知ってるけど、それでも今でも思考の癖は現れる。

 

いつも自分より上の誰かを見て羨んで自分を下に見て、

自分より下の誰かを見て優越感に浸って。

 

思春期は誰にもある気持ちかもしれないけど、

大人になっても私がそれが人一倍強かった気がする。

 

だからいつも幸せの基準は他人軸。

 

自分の感じる気持ち、よりも、

他人と比べて多いか少ないか、優れてるか劣ってるかが基準で。

 

他人なんて無限にいるもんだからいつも心は揺れる揺れる。

 

そのままの自分でいい、なんて自分が1番許せない。

 

ダメ、もっともっと

こんなんじゃダメ

 

自分は1番自分にダメ出しをして、自分を責める。

書いていて思った。

私ってかわいそう・・・・

 

いつも頑張ってたのに。

いつも私が1番私の側にいたのに。

1番側にいる私にダメ出しをされ続ける私ってなんなんだろう。

そりゃあやる気もなくなるよ。

もっと優しくしてあげようよ。

 

ありのままの〜とかそのままの自分でいい、とか、

そういう言葉がハードル高いなら。

 

世界中のみんなが敵になったとしても

自分だけは自分の味方でいよう

自分だけは自分を応援しよう

 

それなら受け入れられる、と思った。

 

「もっともっと」という気持ちは

私の場合

「こんな自分じゃダメ」「そんな自分でどーすんの!」

という自分への悪口だった。

 

「いいじゃんいいじゃん頑張ってるね」

「その調子!」

そんな言葉を意識的にかけてあげようと思います。

 

 

 

私のことを1番に理解して、愛してあげられるのはたった1人、私しかいないから。